ピン芸人の吉住は元々コンビを組んでいた!コンビを組んでは解消?

芸人 吉住

プロダクション人力舎所属、ピン芸人で知られている吉住。

第4回女芸人No.1決定戦 THE Wの優勝者でもある吉住は、ピン芸人になる前はコンビを組んでいたそうです。

コンビを組んでいた吉住が、なぜピン芸人へと転身したのか、また元々コンビを組んでいた人は誰なのか調べてみました!

目次

ピン芸人の吉住が元々コンビを組んでいた人とは?

養成所で最初は、元・合わせみその河田祥子と組みその後何度も相方を変えてコンビを続け、養成所のラストライブでは男性とコンビを組んでいたそうです。

1年で事務所に上がることはできず、2年目のスタートは現・ピン芸人のいかちゃんとコンビを組みましたが、すぐに解散をしました。

そしてのちに一緒にデビューをする、かわえなつきと「ムテンカナンバー」を組みます。

いかちゃんとは、一緒に囚人のコントをしたところ、講師の先生に「いかちゃんにそんなことはさせるな!」と言われ、すぐに解散したそうです・・・

養成所時代に何度もコンビを組んでは、解散を繰り返してきた理由については、いろいろと試してみたかったそうですよ。

吉住がピン芸人になった理由は?

芸人 ムテンカナンバー
引用元:吉住Instagram

最後まで相方のキャラクターを活かしたネタが書けなかったため、解散に至りました。

漫才もコントもチャレンジをしてみたものの、相方のキャラに合ったネタが書けないという悩みが解消されなかったそうです。

結果、「ムテンカナンバー」としての活動は1年半ほどで終止符を打ち、解散が決まった後もいろんな人に声をかけてみたが結局相手に合ったコントがかけず・・・

ピン芸人として、活動していくことになったそうです!

一度で自分と合う相方は見つけるのはとても難しいですよね。

いろんな人とコンビを組んだ経験があるからこそ、ピンが自分に合っていると気付けたのではないでしょうか。

吉住が芸人を志したきっかけは?

高校2年生の時に、「エンタの神様」で東京03のコントを観たのがきっかけです。

その時に、東京03は「陰口を言うネタ」を披露しており、テンポが速すぎることもなく画で見せてくれる、こんな面白いものがあるのだと衝撃を受けたそうです。

また、流されるままに生きてきた吉住にとって、コントは初めて「やってみたいかも」と興味を持てたことでした。

誰かのコントに魅力を感じ、ファンになるだけでなく「自分もやりたいかも!」となるのが面白いですよね!

吉住のプロフィール

名前吉住暢子(よしずみ のぶこ)
生年月日1989年11月12日
出身福岡県
血液型O型
趣味接骨院巡り、書店巡り、読書、無料体験巡り、他人の子供の成長を見守ること
特技球技(特にテニス、中高生時代はテニス部でキャプテンを務めた経験がある)
建築模型作成、単純作業に耐えられること
映画が始まってから10分ほどで物語のラストを想像して泣くことができること
デビュー2015年
「第4回女芸人No.1決定戦 THE W」優勝
「R-1グランプリ2021」ファイナリスト

特技の「映画のラストを想像して泣くことができる」に面白さを感じませんか。

それができるようになったのも、インタビューで答えていた自粛時間中に1日6本、合計300本くらい観ていたのが関係してそうですね。

まとめ

ピン芸人の吉住について、元々コンビを組んでいたのは誰なのか、そしてピン芸人になったきっかけ、さらに芸人を志したきっかけをまとめました。

女ピン芸人として、これからもたくさんの笑いを届けてくれるのが楽しみですね。

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